論文を書くのに最も重要な要素の1つはなんだと思いますか? それはずばり「インパクト」です! Nature, Scienceといったトップジャーナルにおいて、「インパクト」なしに原稿が掲載されることはほとんどありえません。
にも関わらず、私は2025年の日本において「インパクト」についてちゃんと理解している研究者はほとんど見ません。
この記事では「インパクト」とは何か? そして「インパクト」を作るにはどうすればいいか? を説明しました。
まずインパクトとは何か?ということです。それは簡単です。「比較したら驚いた」これがインパクトです。
まず過去の結果と自分の結果とを比較し、違いがあれば自分の結果には新規性と独創性があると言えます。
そして、その新規性と独創性の中に予想できない "驚き" があれば、それがインパクトがです。新規性や独創性そのものに価値はありません。インパクトに価値があるのです。
「何をもって人は納得したと思うか」「どんな論理を話せば人は驚くのか」感情を動かす背景となる常識は、時代によって少しずつ変わっていくものです。しかし科学者を納得のさせる方法と、科学者を驚かせる方法に限って言うならば、ここ数百年単位で背景は大きく変化していません。これからも100年くらいはここで書かれているルールに大きな変化はないはずです。「なるほど!」と強い納得感と驚きを生み出すインパクト(驚かせ方)には、基本的にはこの4パターンしかないと私は思っています。
4つを要約して説明したので、自分の結果はどのインパクトに着地させられそうなのか考えながら読んで欲しいです。
もし研究結果が手元にない場合、4つのインパクトの詳細はスキップしてもいいです。その後にインパクトを使ってどのように論文を書くのか説明したので、記事の後半部分を重点に読んでもらいたいです。
1つ目のインパクト:「現象の定義」です。今まで定量的に扱われてこなかった現象を世界で初めて定量的に定義し、その現象が何に依存しているのかを世界で初めてモデル化できれば、この驚き(=インパクト)を作り出したと論文で主張できます。
驚きの種類: もし「力とは何か?」「摩擦とは何か?」「気体とは何か?」など、哲学や文学などで感覚的(定性的)にしか記述されてこなかったのものに対して、定量的に定義できたとします。すると、(1)定義された量を基づいた考察によって、今まで別の現象だと思われてきたものが同じ原因だったことがわかったり、(2)定義によって依存性がないとわかった量に基づいた考察が、直感とは真逆の結果になった事が分かったりするので読者に驚きを与えられます。しかもパラドックスを作ることで、驚きを増幅できる文章作成が可能な場合が多いです。
例えば
(1) 運動方程式の発見: 物体に力をかけると動きだし、そして質量が重いほど動かしづらく減速させづらい。「運動を定義しました」
(2) アモントンの法則の発見: 摩擦力は、荷重に比例し、その比例係数は材料に依存する。「摩擦を定義しました」
(3) ボイル・シャルルの法則の発見: 気体の体積は、温度に比例し、圧力に反比例する。「気体を定義しました」
頻度: このタイプの発見は、人類の常識を変えるほどの歴史的な驚きをもたらしますが、正直言ってこのタイプの発見の論文をほとんど見たことがありません。
オススメ度: 論文のストーリーで、このインパクトに帰着させる物語を作るのは難しいので、私は個人的にこのインパクトを狙ったストーリを考えないほうがいいと思います。
2つ目のインパクト:「異分野との融合」です。異なる分野を結びつける式を提案します。1つの分野で導かれた式に、別の分野から導かれた式を代入するための関係式を得ることで、ある量を別の分野から導かれた量で定量的に定義できたら、この驚き(インパクト)があると論文で主張できます。要は、力学と熱力学の様に、別の分野だと見なされている分野同士を関係づける式を導ければいいです。
驚きの種類: 異分野の関連づけは、未知の量が別の分野から解釈されることになるので、今までにない視点から未知の量について理解が深まる点で驚きを与えます。
例えば
(1)ジュールの羽根車: 紐がつけられた物体が落下すると、その紐が羽根が回転させる系を作りました。そしてその羽根は液体に浸されています。この系で物体を落下させて液体の温度を測ると羽根が回転し、このとき液体の温度が上がることが分かりました。この結果から、物体の運動という力学的な効果と、温度上昇という熱力学の物理量とを関係付けられました。温度とは、熱という物質があるからではなく、粒子の平均の運動エネルギーだということが分かったため驚くわけです。
(2)磁場は電場の相対論的な効果: 移動する外の系から電荷を見ると、元の系より空間が収縮するため、観測する系によって電荷の総量に差が生じます。相対性理論で電場を考えてみると、磁場と電場が2つあるのではなく、磁場とは電場の相対論的な効果であることが分かりました。電磁気学に相対性理論による解釈を持ち込んだことによって、磁場とは電場と同じなんだと分かって驚くわけです。
頻度: 私は高品質の論文を読んでいると、このタイプのインパクトが一番多いと感じています。特に理論物理の分野で強く推奨されています。大統一理論と呼ばれ、全ての分野はお互いに説明し合えるはずだと考えられています。この仮説が本当に正しいかは誰も知りませんが、ここ最近200年以上も正しいと広く信じられている常識です。
オススメ度: 文章の工夫によって比較的簡単に作り出せるインパクトなので、私が1番オススメしているタイプのインパクトです。高インパクトファクターの論文誌に投稿できるような、幅広い読者に向けた論文を書けるのもオススメする理由です。
3つ目のインパクト:「微視的機構」です。複雑な現象を構成する要素に分解し、その要素を理解することで、元の複雑な現象の機構に知見を与えられれば、この驚き(インパクト)があると論文で主張できます。
驚きの種類: 大きいモノは小さいモノで構成されているので、小さいモノの特性を解明すれば、大きいモノが持つ特性の根本的な原因が分かったと思わせて驚かすことができます。
例えば
(1)摩擦と接点の力学: 摩擦で擦り付けた接触面は全ての面が接触しているのではなく、無数の接点によって構成されていることが分かった。このため接点の力学と摩擦の特性を関係づけることで、摩擦が発生する機構に対して本質的な知見を提案した点で驚きを与えた。
(2)材料硬さと転位: 材料の中には転位と呼ばれる原子レベルの欠陥があり、その欠陥の運動によって材料が変形することが分かった。転位の動きやすさと材料の硬さを関係づけることで、材料硬さの機構に対して本質的な知見を提案した点で驚きを与えた。
頻度: 私は、特に専門的な論文(Physical Review LettersやActa Materiallaといった硬派な論文誌)に掲載される成果に、このタイプのインパクトが多いと感じています。「大きなモノは小さなモノで構成されているので、小さなモノを理解することが大きなモノの理解につながる」これは「還元主義」とか「要素還元主義」と呼ばれていて、現代の「本質的な理解」とは大体この微視的機構の解明を指すことが多いくらい広く認められている論理の展開手法です。
オススメ度: このインパクトを作り出すには深い専門知識が必要ですし、解析に時間がかかります。しかも内容がマニアック(=読者層が狭く)になりがちで、高インパクトファクターの論文誌っぽいストーリーにならない傾向があります。労力に見合わないことが多いので、私はあまり積極的にオススメしていないストーリーの構造です。
4つ目のインパクト:「理想的な単純化」です。現実の系は様々な外乱があるが、それらを抑えるか、無視できるような系で初めて現れる現象を発見できれば、この驚き(インパクト)があると論文で主張できます。
驚きの種類: 現実の系は様々な外乱があって、その外乱に埋もれて普段は観察できないけれども、こんな効果が実はあるんだ(orこんなことが起こり得るんだ)と思わせて驚かすことができます。
例えば
(1)超潤滑: グラファイト同士の摩擦において、グラファイトを面上で少し回転させて面の間の周期性をずらすと、摩擦がほぼゼロの超潤滑が実現できました。原子レベルで構造を操作すれば、物体が接触していても摩擦は現れないという驚きを与えました。
(2)超伝導: 今まで、電気抵抗の値は温度に依存するのは知られていた。しかし極低温になると突然 電気抵抗値がゼロになることが分かった。極低温ではクーパー対といって常温では観察できない相互作用が実は存在していたという驚きを与えました。
頻度: 分野によって本当に頻度が変わります。系を極端に単純化さて理想的な状態にするには、原子スケールの微細加工、超高温、極低温、超高圧、超高真空といった極端な状態にしなきゃいけない場合が多いのですが、装置が高額になりがちです。高額な装置をどんどん買える分野なら頻繁にみるタイプのインパクトです。
オススメ度: 議論の進めかたというよりは、装置を持っているかどうかだけの話です。もしこのインパクトに帰着させられる結果をすでに持っているなら、私は書くのをオススメしています。
以上の4つのインパクトを見た後に自分の結果を見て、あ〜自分の結果にはインパクトが無いなと思ってはいけません。
インパクトは勝手に出てくるものではありません。頑張って作り出すものなのです。最初からインパクトがある結果なんてこの世に存在しません。
自分のデータだけを書いて、誰かが自分のデータの価値に気がつくはずだ、なんて思ってはいけません。自分の結果にはなぜ価値があるのかちゃんと説明しない限り、価値があるとみなされません。
高級物件を売る不動産屋になったつもりで想像してみて下さい。ただその物件のスペックを説明するだけで買ってくれると思いますか?その物件の過去にどんな歴史があったのか、現在ある似た物件と比較して何が違うのか、この物件に住んだらどんな未来が待っているのか、ちゃんとストーリを語らないと物件の価値に気がついてくれないと思いませんか?論文も同じです。
自分の結果と過去に出された他の研究者の結果とを比較して、何が違うのか見て、驚くべき点を発見するんです。そしてその驚きがどのインパクトを作れるのか、自分でストーリーを作るんです。頑張りましょう。
NatureやScienceに採択されたいなら、どれかのインパクトのグラフにのせましょう。ただ実験結果をそのまま書いただけでは、最もインパクトを生み出せるグラフになっていないはずです。
(a)自分の結果と、(b)過去に行われてきた他の研究者の結果と、を比較しないと、インパクトの出しようがありません。このため、それら2つの結果を1つのグラフに書き込むためには、グラフの縦軸を何にするかちゃんと考えないといけません。何を縦軸に選ぶかがインパクトを作り出すために非常に重要です。
ただ単に、より多くの結果と自分の結果とを比較できなければ、それでいいと言うわけではありません。
比較によってインパクトが強調される軸を選ぶ必要があります。
(ちなみに... 過去との比較なくしてインパクトはありません。インパクトのないグラフは読者にとって価値はありません。ゆえに実験の生データを論文の本文に載せるのは、基本的にはやるべきではないはずです)
独創性や新規性と、インパクトは全くの別物です。独創性や新規性は、唯一無二であればいいだけです。
しかしインパクトは、唯一無二であるだけでなく、過去の結果から予想できない結果である必要があります。
このため、独創的な論文を書くより、インパクトのある論文を書くほうが遥かに難しいです。そして、独創的な論文よりインパクトのある論文の方が、読者は読む価値があります。
独創的であるのは簡単です。今まで誰もやっていないことをやればいいだけです。独創性の中にインパクトがあるからこそ価値があるのです。独創性そのものに価値は全くありません。
4つの中の1つでも自分の結果から主張できれば、NatureやScienceといったトップジャーナルに自分の原稿を掲載できると思います。
具体的に何本という数字はないです。しかし、例えとして私のNature Communicationsを見てみて下さい。
Takaaki Sato,et.al."Ultrahigh Strength and Shear-Assisted Separation of Sliding Nanocontacts Studied in situ" Nature Communications, 13, 2551 (2022)
この論文では、合計で69本の論文を参照しました。この中の33本の論文は、イントロとmethodの説明のために使われました。そして残りの36本の論文を、自分の結果と比較して何が違うのかを説明するために参照しました。
つまり論文のインパクトを出すためだけに、36本もの論文を参照したわけです。(ちなみに私がこの論文を書くために読んだ論文は300本を超えました)
最低何本の論文と比較すればいいのか、その正確な数字を断定できません。しかし、Nature, Scienceといったトップジャーナルにおいて、インパクトを出すために自分の結果と比較している論文の数が10未満だと、私はその原稿をリジェクトしたくなります。
あと、比較した論文は過去5年以内に発表されているのを多く含んでいると、ホットな話題を取り扱っているように見えて印象がいいです。
独創的でも新規性があってもそれだけでは何の価値もありません。「独創性や新規性からインパクトがある」からこそその発見に価値があるのです。トップジャーナルにおいて、単に結果を掲載するだけで何の「インパクト」も解説されていない原稿は掲載されません。
この記事では、4つのインパクトを紹介しました。自分の結果と過去の結果を比較し、その差からどのインパクトを作れるのか考えてから論文を書きはじめて下さい。4つのインパクトとは具体的に...
1. 現象の定義: 今まで定量的に扱われてこなかった現象を世界で初めて定量的に定義し、その現象が何に依存しているのかを世界で初めてモデル化できたというインパクト。
2. 異分野との融合: 1つの分野で導かれた式に、別の分野から導かれた式を代入するための関係式を得ることで、ある量を別の分野から導かれた量で定量的に定義できたというインパクト。
3. 微視的機構: 複雑な現象を構成する要素に分解し、その要素を理解することで、元の複雑な現象の機構に知見を与えたというインパクト。
4. 理想的な単純化 : 様々な外乱があるが、それらを抑えるか無視できるような系で初めて現れる現象を発見できたというインパクト。
論文では比較によってインパクトが強調されるように、軸を選んでグラフを書く必要があります。グラフ作成と考察、頑張りましょう。応援します。
ちなみに私はNature Communicationでは、インパクトを出すためだけに36本の論文を参照しました。
私は努力しているのに論文が出ていない研究者を見ると、それが他人事とは思えなくて、何とか助けになりたいと思って、このwebサイトを開設しました。このwebサイトの他の記事も読めば「自分は論文が書くのが苦手」とは絶対に思わなくなるはずです。私の書く技術と、考える技術を全て解説しました。ここまで論文の書き方や、科学の進歩とは何かを言語化できている人はいないと自負しています。ぜひ他の記事も参考にしてもらいたいです。
・Nature論文を書きたいですか? 論文の書き方の技術を網羅的に紹介しました。もしファーストクラスの論文誌に挑戦するなら、この記事を見て下さい。
論文の書き方: Nature, Science, Cellへの道
・Nature Communicationsに採択された原稿に、解説を付けたテンプレートを作りました。Webサイトの解説した内容が実際にどう論文に反映されたか実例を見ながら理解できます。研究者として上を目指したい方、ぜひ参考に。
論文の解説付きテンプレート、なぜ重要なのか?
・論文の書き方は教わりましたか? このWebサイトに書いてある高インパクト論文の書き方をスライドにして1つにまとめました。論文の "型" を自習する教材として最適です。ぜひ参考に。
高インパクト論文の書き方をどう自習するか? [結論:この解説付きスライドを読もう]